2020.04.17

CANVASに込めた作り手への願い
片山 輝正 | Terumasa Katayama

こうしてCANVASははじまった

大げさに言えば「業界全体のモノづくりに対する意識を変え、生産現場の構造をアップデートしたい」という想いが、すべての発端となっている。

日本の生産現場はバブル崩壊後、商社を中心とした海外生産拠点の拡大によって、依頼が激減。この大きな海外シフトによって、多くのブランドが大量消費を促す方向に舵をきることとなった。

やがてアパレル業界は環境問題や人権問題などを問われて仕組みの見直しを余儀なくされるのだけど、長きにわたり海外に仕事を奪われてきた国内産地にはもはや奮起する気力は残っておらず、衰退の一途を辿っている。

もちろんそれは僕らが取引している工場だって例外ではない。繁忙期はなんとかなってもそれ以外の期間は仕事が安定せず、いつ廃業に陥ってもおかしくはない状況。「なんとかして職人さんたちのすばらしい技術やセンスを、未来に残す方法はないだろうか?」彼らと日々やりとりをしながら、頭の片隅でずっとそのことを考えていた。


そんなある日のこと。何年か取引のあるミュージシャンのグッズを制作するなかで「海外産だといいボディがなくて……片山くん何か知らない?」という会話から、プリント加工にクイックに対応できる、ちょうど良い質感の国産無地Tシャツがないことに気づき、国内生産の良質なTシャツを研究しながら数型つくることになった。それが思いのほか好評だったのと、生産現場の助けになればと、試しに今度は自社プロジェクトとして、工場の閑散期に思い切った量を生産したところ、取引工場がとても喜んでくれた。

シンプルな思いつきだったけど、お客さんが喜ぶプロダクトを提供することで、結果的に生産現場にも良い循環が生まれた。


これが、CANVASプロジェクトのはじまりだった。
だれでも簡単にモノをつくれる時代の課題

ネットに画像をアップするだけで、サクッとオリジナルグッズがつくれる今の時代。だれもが自分の表現をカタチにできて、多くの作家やクリエイター、またそうなりたい人にとって、どんどん活動しやすい時代になっている。とてもすばらしいことだと思う。

ただ一方で、それだけでは満足できない人が多いことを、肌で感じてもいる。

言ってみれば、作家にとってオリジナルプロダクトは、作品を具現化したもの。はじめはグッズをつくれたことに満足できたとしても、次第にボディのクオリティや印刷手法にこだわりたくなるのは当然なことだ。そして、そのうち自身の名前をつけたオリジナルブランドをつくりたくなるのも、自然なことだと思う。

だけど残念ながら現状は、大量に安く仕入れられる同じブランドの同じ型、1〜2回洗ったら寝間着になってしまうような心もとない生地、ネットの写真で伝わることを目的としたパッと見勝負の適当なプリント、といったありさま……。

どれだけアートワークに個性があっても、どれだけつくり手にこだわりがあっても、これでは表現の魅力も半減してしまう。「作品性を損なわず、納得できるプロダクトをつくりたい」こんなかんたんなことができない。


クリエイターの想いを実現するにはほど遠いのが実情なのだ。
こだわりのモノづくりに必要なこと

CANVASの運営母体である株式会社コイルは、コレクションブランドやハイブランドを中心に、これまで10年にわたり多くのモノづくりに携わってきたOEMメーカーだ。

多くのクリエイターさんと打ち合わせをしてきたけれど、本当にこだわったモノづくりを実現するにはまず、職人たちの技術に触れてもらってインスピレーションを膨らませてもらうこと。彼らは一様に、豊富なプリント技術・加工技術に関心を持ってくれた。

自分の表現とフィットするプリント手法を選び、生地を触ったり試着したりしながらそれを載せるボディを選び出す。もし気に入ったボディがなければ型からつくる方法もある。

また、一見すると雑談のように見える時間も、モノづくりにとってはたいせつなことだ。アートワークのバックボーンやこれまでつくってきた作品についてはもちろん、好きな音楽やアート、ファッションについての話。そうした時間を共有することで、彼らがプロダクトに落とし込みたかったものを見定めることができる。そこではじめてデザインや細部の加工についての提案ができるのだ。


「アパレル経験がなくともクオリティの高い製品をつくれた」一緒に仕事をしてくれたクリエイターには、そう実感してもらえたように思う。ただこれは、あくまで知り合いづてで出会い直接取り引きができたクリエイターの話だ。

反対に言えば、仮にクリエイターが「一からブランドを立ち上げたい!」と願っても、知り合いにアパレルメーカーでもいなければ、形や生地にまでこだわったモノづくりは難しい現状があった。


もっと気軽にアーティストと職人がつながること。ここに糸口がある気がした。
表現者と技術者ーー“つくらずにいられない人”をつなぐ存在に

すばらしい技術やセンスを持つ職人たちが知られずにいること。さらには「これはグッズだから……」とせっかくのこだわりを飲み込んでしまうクリエイターがいることを知って、すごくもったいないと思った。

ただそうは言っても、いきなりブランドを立ち上げられるようなビッグアーティストなら話は別だが、すべてオリジナルでつくり込んでいくにはコストも時間もかかりすぎる。個人で活動するクリエイターにとっては、なおさら大きなハードルだ。

そこで、ベーシックでありながら、あらゆる面でこだわり抜いたクオリティのプロダクトを、なるべく低価格で用意することを考えた。しかも、それを自由にカスタマイズできる。うちの強みは各地の職人さんとのつながり。プリント加工ならお手の物だ。

…これなら、プロダクトを通じて表現者と技術者をつなぐことができる!


着倒すと味わいが増し、ものとして愛着を持って使ってもらえる。そんな“本物の服”を使って自身の作品を具現化できれば、単なるグッズ制作ではなく「プロダクトとして良いものをつくる」ということに関心を持ってもらえるはず。

また良質なプロダクトは、使い手に大事にされることはもちろん、さまざまな意思やスタンスを含んで、人から人に渡っていくコミュニケーションツールにもなりうる。ひょっとしたら「このプロダクトを使って作品をつくってみよう」というところまで、意識を向けてくれるかもしれない。

そんな感性が、多くの表現者たちのなかに育ち、広がっていくことで、日本国内の生産者たちが安定して良いプロダクトを生産し続けてもらえるようになる。


――そんな大きな期待を込めて、CANVASは生まれたのだった。
いま、世界的に「ものをつくる」という行為そのものが見直され、その仕組みがアップデートされようとしている。

これから大量生産・大量消費の世の中が本当の意味で終わりを告げ、身近な経済圏での循環が社会の大事なテーマになるのは間違いない。冒頭であげたアパレル産業の衰退は、この新型コロナウィルスによる難局に先駆け、世の中の大きな転換期を意味していたように思う。

CANVASとは「普遍的で良質なカットソーブランド」「アートワークをアップデートする、身にまとうキャンバス」「本当のMADE IN JAPANのプロダクト」など、いろんな側面はあるが、本気でものをつくりたい人とそれを具現化する人とをつなぎ、その経過や工程を包み隠さず伝えていくボディブランド。生産背景を明かすことは業界ではタブーとされてきたことだが、そうすることでプロダクトを手にとる方がたいせつにしてくれたり、「職人になりたい!」と思う若い世代も増えるはずだ。

決して簡単な道のりでないことは覚悟しているが、そういった、“当たり前をアップデートすること”の積み重ねによって、現実的な構造として「モノづくりがアップデートされた」という実感が、本当の意味で現場に伝わっていくだろうと考えている。

僕らはモノづくりが好きだし、何より“つくらずにいられない人”が好きだ。身近なクリエイターさん、職人さんたちと一緒に、より良いものをつくり続けるための未来を、このCANVASを通して描いていきたい。
片山 輝正 | Terumasa Katayama
CANVAS クリエイティブディレクター